このサイトは、エホバの証人について批判することや、信者一人ひとりを評価することを目的としたものではありません。
主に、仕事や生活の中で初めてエホバの証人に関わることになり、「まず何を知ればよいのだろう」と感じている方に向けて、理解の手掛かりとなる情報を提供することを目的としています。
例えば、宗教2世やその家族から相談を受けることになった福祉・医療・心理などの支援者、学校でエホバの証人家庭の子どもに関わることになった教員・学校関係者、宗教2世問題やエホバの証人について取材することになった記者・編集者・番組制作者、そして、エホバの証人の信者や元信者と交際・結婚することになった恋人、配偶者、その家族などを想定しています。
エホバの証人について調べようとすると、非常に多くの情報が見つかります。輸血拒否、むち、ハルマゲドン、学校行事、布教活動、大学進学、恋愛・結婚、バプテスマ、排斥・忌避、離脱後の家族関係――。しかし、それぞれを個別に検索しているだけでは、一つ一つの情報がどうつながっているのかが分かりにくいことがあります。
例えば、学校で行事に参加しない子どもの姿だけを見ても、その背景にある宗教教育や家庭での生活までは分かりません。大学進学をめぐる葛藤だけを見ても、それ以前の学校生活、布教活動、信者同士の人間関係、将来観とのつながりは見えません。また、成人した人が宗教から離れようとしている場面だけを見ても、なぜ家族との関係を失うことをそれほど恐れているのかは、幼少期からの経験やバプテスマ、排斥・忌避についての理解がなければ分かりにくいでしょう。
このサイトでは、そうした断片的な「点」の情報を、一人の人生や社会の変化という「線」にして見ることを大切にしています。
幼少期にどのような宗教教育を受けるのか。学校では何が起こり得るのか。思春期には友人や恋愛、信仰についてどのような選択に直面するのか。進学や仕事はどう考えられてきたのか。正式な信者になることにはどのような意味があるのか。宗教を離れようとしたとき、家族や友人との関係はどうなり得るのか。そして離れた後には、どのような生活の再構築が必要になるのか。
さらに、教団の教えや運用も、社会の対応も時代とともに変化しています。 1980年代のエホバの証人家庭で育った人と、現在の子どもが置かれている環境は同じではありません。輸血をめぐる医療・司法制度、体罰に対する社会の認識、大学進学についての教団の説明、排斥された人への対応などにも変化があります。
そのため、このサイトでは、「エホバの証人はこういう宗教です」と一枚の説明で決めつけるのではなく、いつ、どのような教えや運用があり、それを人々がどう経験し、社会がどう対応し、その後何が変わったのかをできるだけ時系列で整理します。
情報を扱う際には、教団自身の公式資料、裁判例、行政資料、学術研究、調査報告、報道、当事者の体験記など、性格の異なる資料を可能な限り区別します。特に当事者の証言は、その人が経験した現実を理解するうえで重要ですが、一人の経験をすべての信者や宗教2世に一般化することはしません。同様に、現在の教団公式サイトだけを見て過去も同じだったと判断したり、過去の資料だけを見て現在も全く同じだと判断したりすることも避けます。
このサイトが目指しているのは、誰かに「正しい見方」を押し付けることではありません。
支援者であれば、相談者の話の背景を理解するために。教員であれば、目の前の子どもの行動を単なる「変わった家庭のルール」として見過ごさないために。報道関係者であれば、一つの事件を過去の経緯や制度変化から切り離して報じないために。恋人や家族であれば、相手の行動や不安を「なぜそんなに気にするのか」と片付けず、その人がどのような世界の中で生きてきたのかを理解するために。
必要なときに、必要な背景までたどれる場所にしたい。
エホバの証人については、すでに多くの貴重な資料や証言があります。しかし、それらが別々の場所に存在しているため、初めてこの問題に接した人には全体像が見えにくいことがあります。
私たちは、その断片を集めて一つの結論を押し付けたいのではありません。
点と点の間にある時間、背景、制度、教え、そして一人の人生をつなぎ、「線」として見えるようにする。
そうすることで、エホバの証人に関わることになった人が、目の前の出来事だけで判断するのではなく、「その前に何があり、この先に何が起こり得るのか」まで考えるための材料を提供したいと考えています。
そして最終的には、信仰を続けている人、宗教を離れようとしている人、すでに離れた人、その家族のいずれについても、本人の信仰や人生の選択を尊重しながら、必要な支援や理解につなげることに、このサイトの情報が少しでも役立つことを願っています。