エホバの証人2世が教団を離れることは、単に「宗教をやめる」という一回の決断ではないことがあります。幼少期から集会や布教活動に参加し、家族や友人の多くもエホバの証人という環境で育った人にとって、信仰をやめることは、世界の見方を変え、家族や友人との関係を見直し、人生の目標を作り直し、自分が誰なのかを考え直すことでもあります。
日本では2002年、猪瀬優理が「脱会プロセスとその後―ものみの塔聖書冊子協会の脱会者を事例に」という実証研究を発表しました。この研究は39人の元信者を対象に、特に2世信者の離脱について、「組織から離れること」と「教団の世界観から心理的に離れること」は別のプロセスであると分析しています。(jstage.jst.go.jp)
この視点から見ると、エホバの証人2世の離脱は、疑問を持ち、外部の情報に触れ、信じられなくなり、活動を減らし、組織から離れ、家族や友人との関係が変化し、社会や自分自身について新しい理解を作るという、長いプロセスとして捉えることができます。
目次
- 1 1.最初の「疑問」は、必ずしも教理への疑問ではない
- 2 2.宗教2世はかなり若い時期から疑問を持つことがある
- 3 3.疑問を持ったからといって、すぐに辞められるとは限らない
- 4 4.「組織的離脱」と「認知的離脱」は別である
- 5 5.「フェードアウト」という離れ方が生まれる理由
- 6 6.外部の情報に触れることが大きな転換点になる
- 7 7.もう一つ重要なのが「教団外の人間関係」である
- 8 8.辞めた後に必要なのは「新しい世界の見方」を作ること
- 9 9.離脱すると、家族や友人を同時に失うことがある
- 10 10.「生きている家族を失う」という悲嘆
- 11 11.離脱後のメンタルヘルス問題も報告されている
- 12 12.海外研究でも忌避の長期的影響が報告されている
- 13 13.一方で、辞めた後に人生が良くなったという人もいる
- 14 14.宗教を辞めても「恐怖」がすぐ消えるとは限らない
- 15 15.「自分で決める」ことそのものが難しい場合がある
- 16 16.元信者同士のコミュニティーが助けになる場合もある
- 17 17.離脱支援で重要なのは「教義が間違っている」と説得することだけではない
- 18 18.離脱のプロセスを整理すると
- 19 19.「辞めれば解決する」という考え方にも注意が必要
- 20 20.それでも「宗教から離れること」をすべて被害として描いてはいけない
- 21 21.エホバの証人2世の離脱から見えてくること
1.最初の「疑問」は、必ずしも教理への疑問ではない
エホバの証人を離れた人が、最初から教義を論理的に検証して「これは間違っている」と判断したとは限りません。
猪瀬優理の研究では、2世信者の場合、教団の行動規範への違和感、親や他の信者への不信感、教団内の人間関係、一般社会との接触、教団外の情報を知ることなど、複数の要因が認知的な離脱につながると分析されています。(ndlsearch.ndl.go.jp)
つまり、「教義のここが間違っている」というところから始まるとは限りません。「どうして自分だけ学校でこれができないのだろう」「どうして普通の友達と遊んではいけないのだろう」「なぜ家族はこの教えを絶対だと思っているのだろう」といった、生活上の違和感から始まるケースもあります。
2.宗教2世はかなり若い時期から疑問を持つことがある
2022年に社会調査支援機構チキラボが行った宗教2世1,131人の実態調査では、複数の宗教団体の2世が回答しています。
その中で、エホバの証人2世については、教団や信仰に初めて疑問を抱いた時期が比較的早く、12歳以下で疑問を持った人が約半数に達したと分析されています。(iwj.co.jp)
ただし、この調査も日本の宗教2世全体を無作為抽出した代表調査ではありません。したがって、「エホバの証人2世の半数が必ず12歳までに疑問を持つ」と一般化することはできません。
それでも、かなり若い時期から、親の信仰と自分の感覚が一致しない経験を持つ2世が存在することを示す重要な資料です。
3.疑問を持ったからといって、すぐに辞められるとは限らない
ここが、宗教2世の離脱を理解するうえで非常に重要です。信じられなくなった瞬間に、すぐ宗教活動をやめられるとは限りません。
エホバの証人問題支援弁護団による排斥・忌避調査では、離脱経験者について、離脱を考えてから実際に集会参加をやめるまでに一定の時間を要した人が多く報告されています。(jw-issue-support.jp)
特に大きな理由として挙げられているのが、家族との関係が悪化することへの恐れです。つまり、「信仰には疑問がある。しかし辞めれば親や兄弟との関係が変わるかもしれない。だから活動を続ける」という状態が起こり得ます。
外から見ると「まだ信者」に見えても、本人の内面ではすでに信仰から離れ始めている場合があるのです。
4.「組織的離脱」と「認知的離脱」は別である
猪瀬論文が重要なのは、この違いを明確にした点です。研究では、組織的離脱を「集会や布教など教団活動から離れること」、認知的離脱を「教団の教義や世界観を絶対的なものとして信じなくなること」と区別しています。(ndlsearch.ndl.go.jp)
人によっては、「信じていないが活動を続ける」期間があります。逆に、「活動はやめたが、教義への恐怖は残っている」という場合もあります。そのため、単純に「何年に脱会しましたか」と聞くだけでは、本人の離脱経験を十分に理解できません。
5.「フェードアウト」という離れ方が生まれる理由
エホバの証人からの離脱では、明確に「私は辞めます」と宣言せず、徐々に集会や布教活動への参加を減らしていく人もいます。これはしばしば「フェードアウト」と呼ばれます。その理由の一つとして考えられるのが、排斥・忌避制度との関係です。正式に断絶したり、会衆から除かれたりすれば、信者である家族や友人との関係が大きく変化する可能性があります。
そのため、「信仰はやめたい。しかし家族との関係は失いたくない」という人が、集会参加を徐々に減らし、布教活動をやめ、会衆との接触を少なくすることがあります。これは単なる「優柔不断」というより、信仰と家族関係を切り離すことが難しい宗教環境で生まれる合理的な選択と見ることもできます。
6.外部の情報に触れることが大きな転換点になる
猪瀬研究では、認知的離脱に重要な要素として、教団外の情報を得ることが挙げられています。(jstage.jst.go.jp)
これは、単に「批判サイトを見る」ということではありません。他の宗教について知ること、科学や歴史について学ぶこと、元信者の経験を読むこと、教団の過去の出版物を調べること、一般社会の価値観を知ることなども含まれます。
一つの世界観だけで理解していた出来事について、別の説明があることを知ることで、「教団の説明だけが唯一の説明ではない」という認識が生まれます。これは離脱において大きな心理的変化になります。
7.もう一つ重要なのが「教団外の人間関係」である
猪瀬研究がもう一つ重視しているのが、教団外との人間関係の形成です。宗教2世の場合、家族だけでなく、友人、結婚相手、日常的に会う人、相談相手まで信者であることがあります。その状態で教団から離れれば、社会的な孤立が起こる可能性があります。
逆に、学校の友人、職場の同僚、配偶者、元信者仲間、支援者など、教団外の人間関係を持つことが、離脱後の生活を再構築する助けになると考えられます。猪瀬論文は、これを脱会後に必要となる「社会的リアリティの再定義」と関連付けています。(ndlsearch.ndl.go.jp)
8.辞めた後に必要なのは「新しい世界の見方」を作ること
「社会的リアリティの再定義」という言葉は少し難しく聞こえます。簡単に言えば、「これまで当然だと思っていた世界の説明を、自分で作り直すこと」です。
例えば、以前は「ハルマゲドンは近い」と思っていた人が、「世界は普通に何十年も続くかもしれない」と考えるようになれば、進学、仕事、貯蓄、結婚、子育て、老後の意味が変わります。
以前は「この世の友人関係は重要ではない」と考えていた人が、「人間関係は自分で築いてよい」と思うようになることもあります。
つまり脱会とは、信仰を一つ捨てるだけでなく、人生設計そのものを作り直す作業になることがあります。
9.離脱すると、家族や友人を同時に失うことがある
海外研究では、この離脱後の経験が詳しく研究されています。
Heather Ransomらによる「Life after Social Death: Leaving the Jehovah’s Witnesses, Identity Transition and Recovery」は、エホバの証人を離れた人のアイデンティティ移行と回復を研究しています。(link.springer.com)
同じ研究グループによる「Grieving the Living: The Social Death of Former Jehovah’s Witnesses」では、元信者が経験する忌避について、家族や友人が生きているにもかかわらず関係を失う状態を「social death(社会的死)」という概念から分析しています。(pubmed.ncbi.nlm.nih.gov)
これは、家族が亡くなったわけではないのに、会うことも話すこともできないという独特の喪失です。通常の死別とは異なり、相手が現在も生活していることを知っているため、喪失が心理的に整理しにくい場合があります。
10.「生きている家族を失う」という悲嘆
この状態では、親、子ども、兄弟が生きているにもかかわらず、関係が断たれることがあります。
Ransomらの研究は、このような経験に、悲嘆、孤独、アイデンティティの喪失、自己評価の低下などが伴う可能性を指摘しています。(pmc.ncbi.nlm.nih.gov)
ただし、これらは主に海外の元信者を対象とした研究です。そのまま日本のすべての元信者に当てはめることはできません。
一方、日本の弁護団調査でも、家族関係の喪失や孤立に関する多数の回答が報告されており、共通する問題が存在する可能性があります。
11.離脱後のメンタルヘルス問題も報告されている
エホバの証人問題支援弁護団のメンタルヘルス調査では、回答者から、抑うつ、不安、自己否定、フラッシュバック、希死念慮など、さまざまな心理的不調が報告されています。(jw-issue-support.jp)
同調査では、離脱した年齢と精神的不調との間に明確な関係は確認できなかったと分析されています。つまり、若くして離れれば必ず影響が少ないとは言えない可能性があります。
ただし、弁護団自身も、どのような経験がどの心理的不調につながるのかを解明するには専門的研究が必要だとしています。(jw-issue-support.jp)
ここは非常に重要です。「エホバの証人だったから精神疾患になった」と単純に因果関係を断定することはできません。家庭環境、虐待経験、家族関係、経済状況、個人差など、多くの要因が関係するからです。
12.海外研究でも忌避の長期的影響が報告されている
Rosie Lutherによる2023年の研究「What Happens to Those Who Exit Jehovah’s Witnesses: An Investigation of the Impact of Shunning」では、エホバの証人を離れた10人への詳細なインタビューが行われました。(pubmed.ncbi.nlm.nih.gov)
研究では、忌避の経験が、孤独感、自己価値感の低下、人生満足度、仕事上の機会、他人への不信感などに長期間影響したとする語りが分析されています。(pmc.ncbi.nlm.nih.gov)
もちろん10人という小規模な質的研究であるため、頻度を示す調査ではありません。しかし、離脱後の苦しさが単なる「宗教を失った悲しみ」だけではなく、人間関係、アイデンティティ、仕事、社会への信頼という複数の領域に広がり得ることを示しています。
13.一方で、辞めた後に人生が良くなったという人もいる
離脱後について「苦しみ」だけを描くのも正確ではありません。
Ransomらの回復研究では、元信者が新しい人間関係や社会的アイデンティティを形成することが、離脱後の適応や回復と関係する可能性が示されています。(link.springer.com)
元信者の中には、自由に友人を選べること、大学へ行けること、好きな仕事を選べること、恋愛できること、自分の価値観で子育てできることを、離脱後の大きな肯定的変化として感じる人もいます。
つまり離脱後は、喪失だけでも、解放だけでもないということです。家族を失う一方で自由を得る。信仰による安心感を失う一方で、自分で人生を選べるようになる。その両方を経験する場合があります。
14.宗教を辞めても「恐怖」がすぐ消えるとは限らない
宗教2世の場合、教義を知識として学んだだけではなく、幼少期から世界観として身につけていることがあります。
例えば、ハルマゲドン、神から見放される恐怖、悪魔の世界という理解、教団外の人間に対する警戒などです。
頭では「もう信じていない」と思っていても、地震、戦争、感染症、国際紛争などを見ると、「もしかするとハルマゲドンが来るのではないか」という感覚が一時的に戻る人もいます。
これは、認知的離脱が一瞬では完了しないことの一例です。信仰を失うことと、幼少期から形成された感情反応が消えることは別だからです。
15.「自分で決める」ことそのものが難しい場合がある
離脱後に元2世が直面する問題には、非常に日常的なものもあります。何を着るか、誰と友達になるか、どんな仕事を選ぶか、どこに住むか、恋愛するか、大学へ行くかといった判断です。
多くの人にとって当たり前の選択でも、幼少期から「正しい選択は組織が教えてくれる」という環境で育っていれば、自分が何を望んでいるのかを改めて考える必要があります。
その意味でも、離脱は「自由になる瞬間」で終了するのではなく、自由に慣れる過程を含むことがあります。
16.元信者同士のコミュニティーが助けになる場合もある
同じ経験をした元信者との交流が役立つ人もいます。自分だけだと思っていた経験を他の人もしていたと知ることで、経験を言語化でき、孤独感が減り、一般社会の生活について情報交換できるからです。
一方で、元信者コミュニティーがすべての人に適しているわけでもありません。過去の宗教経験について繰り返し話すことが負担になる人もいれば、「元エホバの証人」というアイデンティティーから徐々に離れたい人もいます。
支援では、どのコミュニティーに参加するかも本人が選べることが重要でしょう。
17.離脱支援で重要なのは「教義が間違っている」と説得することだけではない
これらの研究から見えてくるのは、離脱支援が教義論争だけでは不十分だということです。
本人に必要なのは、住居、仕事、教育、経済的支援、心理的支援、新しい友人関係、家族関係についての相談かもしれません。
「その宗教は間違っている」と説明できたとしても、明日住む場所がない、親との関係を失う、友達が誰もいないという状況であれば、離脱することは容易ではありません。
つまり、宗教から離れる自由を実質的に保障するには、宗教外で生活できる基盤が必要です。
18.離脱のプロセスを整理すると
これまでの研究と調査を合わせると、典型的には次のような段階を想定できます。
| 段階 | 起こり得ること |
|---|---|
| ① 違和感 | 学校生活、家庭、教義、人間関係などへの疑問 |
| ② 情報探索 | 外部情報、元信者、学術・歴史資料等に触れる |
| ③ 認知的離脱 | 教団の世界観を絶対視しなくなる |
| ④ 葛藤 | 家族・友人・生活基盤を失うことへの恐れ |
| ⑤ 活動縮小 | 集会・布教を減らす、フェードアウトする |
| ⑥ 組織的離脱 | 活動停止、断絶、会衆から除かれる等 |
| ⑦ 喪失 | 家族・友人・共同体との関係変化 |
| ⑧ 再構築 | 新しい人間関係、価値観、仕事、生活を形成 |
| ⑨ 再定義 | 「自分は何者なのか」「どう生きるか」を作り直す |
ただし、すべての人がこの順番をたどるわけではありません。途中で教団に戻る人もいれば、信仰だけ残して組織から離れる人もいます。家族関係を維持したまま離れられる人もいます。
重要なのは、脱会には一つの正しい形があるわけではないということです。
19.「辞めれば解決する」という考え方にも注意が必要
宗教2世問題では、「嫌なら辞めればいい」という言葉が使われることがあります。
しかし、その人にとって、親、兄弟、友人、仕事、住居、世界観まで宗教と結び付いていれば、辞めることには大きなコストがあります。特に未成年者の場合には、自分で住居や生活費を確保することもできません。
したがって、「宗教を信じる自由があるのだから、嫌なら自由に辞められる」という理屈だけでは、現実の離脱困難を十分に説明できません。
「形式上辞められるか」だけではなく、実際に辞めた後も生活を維持できるかを見る必要があります。
20.それでも「宗教から離れること」をすべて被害として描いてはいけない
一方で、離脱する人を「洗脳から解放された被害者」とだけ捉えることにも注意が必要です。
本人にとってエホバの証人だった時代に、大切な友人がいた、家族との良い思い出があった、信仰に救われた経験があった、共同体に安心感を持っていたという可能性もあります。
離脱後にも、その経験のすべてを否定したくない人もいます。
だからこそ、「あなたの過去は全部間違っていた」と外部の人が決めるのではなく、本人自身が、何を残し、何を捨て、どのような人生を作るのかを決められることが重要です。
21.エホバの証人2世の離脱から見えてくること
日本でこの問題を扱った猪瀬優理の2002年の研究は、20年以上前にすでに重要な点を指摘していました。
宗教から離れるためには、組織を辞めることだけではなく、教団外の情報を得て、教団外の人間関係を形成し、新しい社会的リアリティを作る必要があるということです。その後の海外研究でも、離脱後のアイデンティティー移行、家族や友人を失う「社会的死」、忌避の長期的影響などが研究されるようになりました。そして日本でも、2023年の弁護団調査によって、離脱困難、家族関係、メンタルヘルスなどの経験が大量に可視化されました。
これらを合わせると、エホバの証人2世が宗教を辞めるという経験は、「信仰を捨てる」という一点ではなく、「これまで与えられていた人生の地図を手放し、自分の地図を描き直す過程」として理解した方が実態に近いのではないでしょうか。
だからこそ必要なのは、「早く辞めるべきだった」「なぜもっと早く気付かなかったのか」と評価することではありません。その人がどのような環境で育ち、何を失う可能性を抱えながら離脱を考え、どのように新しい生活を作っていったのかを理解することです。
そして社会に求められるのは、宗教を信じる自由だけでなく、宗教を離れた後にも孤立せず生活できる条件を整えることなのだと思います。